大判例

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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)624号 判決

原審原告

山本民子(仮名)

原審被告

中村進(仮名) 外二名

主文

原審被告等の本件控訴を棄却する。

原判決を次のように変更する。

原審被告等は原審原告に対し連帯して金五〇万円及びこれに対する昭和三二年三月一七日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原審原告のその余の諸求を棄却する。

原審被告等の控訴費用は原審被告等の負担としその余の訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分しその一を原審被告等の連帯負担としその余を原審原告の負担とする。

この判決は原審原告において原審被告等に対し金一五万円宛の担保を供するときはその勝訴部分に限りそれぞれ仮りにこれを執行することができる。

事実

原審原告(第六三四号控訴人第六二四号被控訴人以下単に原告という)訴訟代理人は、「原判決を次のように変更する。原審被告等は原告に対し連帯して金百万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から右完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも原審被告等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言並びに主文第一項と同旨の判決を求め、原審被告等(第六二四号控訴人第六三四号被控訴人以下単に被告等という)訴訟代理人はいずれも自己の関係部分につき、「原判決中被告の敗訴部分を取消す。原審原告の請求を棄却す。訴訟費用は第一、二審とも原審原告の負担とする。」との判決並びに「原審原告の控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出援用認否は次に附加するほか原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

証拠として、原告訴訟代理人は甲第三号証の一、二を提出し、当審での原告本人訊問の結果を援用し、被告等訴訟代理人は当審での被告中村保、中村進各本人訊間の結果を援用し、甲第三号証の一、二は不知と述べた。

理由

原告と被告中村進が訴外佐野知之の媒酌により昭和三〇年五月六日結婚式を挙げたこと、翌三一年五月上旬右内縁関係が解消されたこと、被告中村保はミカド工業株式会社の社長、被告進はその専務取締役であつて保の長男、被告中村シヅコは保の妻であることはいずれも当事者間に争がない。

原審での証人佐野知之(第一、二回、横井則治、小島文彦、山本マツノの各証言、原審及び当審での原告、被告中村進、中村保の各本人訊問の結果(但し名被告等の本人訊問の結果のうち後記措信しない部分を除く。)を綜合すると、

1  原告と被告進は右挙式後約三ヶ月間被告保同シヅコ及び被告進の弟妹三名と同一家屋で、その後は同一屋敷内の別棟の家屋で事実上の夫婦として同棲し当初は夫婦仲も悪くなかつたこと。

2  然るに被告シヅコは気性の激しい人柄の上に、原告と被告進が新婚旅行から帰る前日頃、その三女良子が他から離婚して帰つて来た不幸もあつて、原告に対し最初からいわゆる姑の嫁に対する冷たい態度をとり、原告等が新婚旅行から帰宅して間もない頃、被告等家族と夕食中の原告の面前で、被告保に向い、原告の本籍が愛媛県であるところから、「よく嫌いな愛媛県人を嫁に貰いなさつたね。」と言つて原告を嫁に迎えたことを公然と非難し、又その後、原告夫婦の留守中その居室に立ち入り原告の衣服を引裂き、人形を毀し、電気スタンドのコードを引きちぎり、ガス栓を解放するなどの暴挙を働いたことがあつたほか、些細なことに立腹して原告の足許にリンゴを投げつけたりして、原告に対する侮辱的排他的な言動が多かつたところ、一家の主婦たる被告シヅコが右の如くであるため自然被告等家族の原告に対する態度も右に習い被告進の弟妹は原告を呼び捨てにし、原告の入浴は女中よりも後にさせ、それすらも母屋の出入口に鍵をかけて別棟にいる原告の入浴をできなくするなど、結婚当初からその家庭内に原告を暖かく迎え入れる空気が欠けていたこと、

3  被告保は当初原告に好意的であつたが被告シヅコの右の態度に影響されたのみならず、昭和三〇年夏頃病を得て入院中自己の経営にかかる個人会社の運営を原告の実父に依頼したところ原告の父が被告保の希望どおりに事を運ばなかつたことがあつたところから、同人に対し消し難い感情の疎隔を来し、ひいては原告をも快からず思うにいたり、同年暮退院した頃には原告と被告進との婚姻の成立を喜ばない態度に変つて来たこと、

4  被告進は内気な人柄で、原告に対しては初め愛情を示していたが、後記のように原告が結婚早々に懐姙したことから内心原告の貞操に疑を抱くようになり、他方未だ経済的に独立するにいたらず、何かと両親に依存していた関係から原告に対する両親の前述の態度につき仲に立つてその間をとりなす努力をせず、ために原告の同被告に対する信頼の念は次第に減じ、これが同被告に反映してその間の愛情も薄れて行つたこと、

5  原告は同棲後間もなく姙娠し、昭和三〇年六月被告進に対し姙娠一ヶ月の事実を告げたところ、進は前記のような疑からこれを喜ばず却つて姙娠中絶を要求したが、原告及びその実家の反対に遇い日を経ているうち、被告保が腸癌で入院することになつたので、その看病等を理由に再びこれを強く要求したこと、その頃原告は既に姙娠五ヶ月の身で、右手術はかなり危険を併うことが予想されたのでこれを肯じたくはなかつたが媒酌人佐野の尽力により、被告進において手術後速かに、(1)原告と進は被告保同シヅコ等の邸を出て別居すること、(2)被告進と原告との婚姻届をすること等を約束したので、夫婦の円満のためには夫の希望に従うこともやむを得ないと考え、同年九月七日姙娠中絶手術を受けたこと、

6  然るに被告進は始めから右約束を実行する意思がなかつたので、これを実行しなかつたのみならず、翌三一年四月上旬頃、媒酌人佐野知之を介し、「両親と絶縁してまで原告と婚姻することはできない。この際原告と離別したい。」旨申し入れ、一両日して被告保、同シヅコからも同媒酌人を通じ原告が(イ)経済観念に乏しいこと(ロ)身体が虚弱であること(ハ)被告等の家族に融和せず、長男の嫁として不適当であることを理由として原告と被告進との内縁関係を解消する旨の申し入れがあつたこと、

7  右申し入れに対し原告の両親はその理由とするところは到底納得できなかつた。しかし被告進が結婚に対する正しい信念に欠けていると思われること、原告が当時三度目の姙娠中(二度目は昭和三一年一月二四日不完全流産となり手術)ではあつたが、相次ぐ手術と姙娠、被告等の冷遇のため心身とも疲労しきつていた等の事情から考えて、最早本件内縁関係は収拾し難い破綻を来したものと見て原告を実家に連れ帰つた上これを納得させ、その後同年五月上旬原告所有の財産を被告方から引揚げ、以て本件内縁関係の解消を見るに至つたこと、

を認めることができ、以上の事実に徴すれば、被告シヅコは故なく原告を嫌悪していたところ、被告保は前記原告の実父との関係から退院後これに同調するに至り、ここに右両名が被告進に対し原告との本件内縁関係の解消を勧めたのに対し、被告進は自己が未だ経済的に父母に依存している身であり、且つ原告が前記手術以後病弱となり、いつまでも家族との間がしつくりいかないことを考え、両親の言に動かされて原告との内縁関係を解消することを決意し、何等正当な理由がないのに原告との婚姻の意思を放棄し以て本件内縁関係を不当に破毀したものと推定することができる。

原審及び当審での被告中村保、同中村進、原審での被告中村シヅコの各本人訊問の結果中以上の認定に反する部分は措信し難く他に被告等の主張事実を認めて右認定を左右するに足る証拠は存在しない。もつとも証人小島文彦の証言によると原告か昭和三一年一月及び同年四月の二回に流産したことが認められるが前記姙娠中絶の経緯及び右流産当時の諸事情を考えると、このことを以つて本件内縁の破毀を正当つける理由とすることはできない。

被告等は原告が経済観念に乏しいと主張するが、これを確認するに足る証拠はない。

以上の次第で被告等は共同して被告進の原告に対する内縁関係の不当破毀に加工したものであり、叙上認定事実に原審及び当審での原告本人訊問の結果並びに弁論の全趣旨に徴すれば右内縁関係の破毀により原告は甚大な精神的苦痛を蒙つたことが明らかである。

よつて進んで慰藉料の額について考えるに、成立に争のない甲第一号証の一、二、第二号証の二、三原審での証人山本マツノの証言、原審及び当審での原告、被告中村保同中村進各本人訊問の結果によれば、原告は昭和四年五月二九日生れで中流以上の家庭に育ち、私立樟蔭女子大学を卒業し初婚であること、昭和三一年四月三〇日三度目の姙娠も流産となつたこと、被告は京都大学農学部を卒業し、前記ミカド工業株式会社専務取締役としての月俸は約二三、〇〇〇円であり、昭和二七年二月最初の婚姻をしたが僅か四ヶ月で離婚し、現在他の女と婚姻していること、被告保は右会社々長としての月俸約七五、〇〇〇円の収入を得ているほか若干の不動産を所有し、シヅコとともに中流以上の家庭生活を営んでいることが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はないところ、右事実に前述の諸事情を参酌するときは、被告等の原告に支払うべき慰藉料は金五〇万円を以て相当と認められる。

以上の理由により原告の本訴請求は、被告等に対し、連帯して慰藉料金五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日なること記録上明らかな昭和三二年三月一七日から右完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲において正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきところ、右は原判決と一部符合しないのでこれを右の限度に変更すべく、原告の控訴は一部理由があるが被告等の控訴はいずれも理由がない。

よつて民事訴訟法第三八六条第三八四条第九六条第八九条第九二条第九三条第一九六条を適用し主文のように判決する。

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